当塾創業の経緯と経営理念について

株式会社エルクレードル 代表取締役/長島伸治

1分でわかるエルクレードル>

当社は、生徒・保護者・従業員の三者にとって無理のない形で、
誠実な教育を提供することを最も大切にしています。

そう考えるに至ったのには原体験と様々な気付きの積み重ねがありました。

経営理念と組織運営の基本原則は、
生徒・保護者・従業員の皆さんが安心して当塾で学び、
心から納得して働くことができるような環境を作ることを目指して作ったものです。

以下では、なぜそのような考えに至ったのか
私自身の経験をもとにご説明いたします。

<なぜこの塾をつくろうと思ったのか>

私が教育の道を歩もうと決めたのは高校生の頃でした。
きっかけは生徒を信じることよりも
コントロールすることに執着している教員の様子に

「これが教育者のあるべき姿なのか」

と疑問を持ったことです。

どのような事情があるにしても、
挨拶をする生徒の目の前を無視して通り過ぎることで
立派に先生をしていると考えられる生徒がどこにいるでしょうか。

「人に挨拶をすること」
から始まり、
「嘘をつかずに正直でいること」
「何かしてもらったら感謝を伝えること」
「間違ったら素直に謝ること」

そして、

「持つ者は持たざる者に分け与えること」

こうした幼稚園で教わるようなごく基本的な前提を崩しておいて、
他に何を学べというのかと暗澹とした気持ちになったのを覚えています。

<教育に対する違和感の正体>

少し話が逸れますが、
そもそも

「周囲が自分の思い通りになることが一番価値あることだ」

という考えは近現代の特徴かもしれません。

私たちは汚いものや怖いもの、面倒なものを遠ざけることで、
快適さを手に入れてきました。

しかし本来、人は自分自身ですら思い通りにはならないものです。
妻も夫も恋人も、子どもだって思うようにはならない。
だから思った通りにできたら嬉しい。それは皆がそうだと思います。

しかし、それだけを望んでいるのは子どもっぽいというものです。

少なくともそれは子どもに対する大人の態度ではない。
大人になるということは、思い通りにならないものに対して、
どのように向き合うかを丁寧に考え続けることではないでしょうか。
それは、自分の思い通りにならない生徒から目をそらして無視することとは違います。

ドイツの哲学者エーリッヒ・フロムは、
「愛は技術である」と説きます。

人を愛せるようになるには、
他の音楽や大工仕事、医学や工学といった技術を身に付けるのと
同じ道を辿らなければならない。

そしてどんな技術を身に付ける際にも必要な要素として、
「その技術を習得することが自分にとっての究極の関心事でなければならない」
とも。

これを是とするならば、
教育という技術と、
教師が生徒に向ける愛情もまたその例外ではありません。

あらゆる人に対する責任、配慮、尊重、知識、
そしてその人の人生をより良いものにしたいという願望を持つこと。

これらについて
「私は誰に対してもそれができる」
と言い切れる人などいないかもしれませんが、
それでも教育者は集まってくれた生徒たち全員に対して、
そのようにあろうと努力しなければなりません。

今となってはその背景を少しは想像することもできるようになりましたが、
当時の私は

「教師がこれでは日本の教育はもうダメなんじゃないか、
 我々子どもたちもダメになってしまうのではないか」

とまで考えたものです。

大人になるとプライドや損得、立場などが邪魔をして
こうした原初的であるはずの規範を守ることが難しくなります。

しかしそれは、
これら原初的な規範が社会で通用しなくなったことを示しはしない
と私は思います。

「人として正しいことをする」

という単純な指針は個人も会社も失ってはいけないものです。

ただ自分も大人になったら同じように今の気持ちをどこか遠くに感じるのだろうか
と当時不安にはなりました。

「自分ならこうする」

と気付いたことや、
生徒としての心情を文字にしておくことを始めたのはその頃でした。
自分がこの先大人に変わっていくのだとしても、
自分が生徒であった頃に感じたことを
いつまでも忘れてはならないと思ったからです。

<現場で経験した現実(大手塾時代)>

疑問の答えを求めて、
これ以上国内で学ぶよりも世界を見て視野を広げたいと思った私は
海外で多種多様な人種の学生と共同生活をしながら大学生活を送りました。

楽しい思い出がたくさんできましたが、
その何倍か苦労もしたので、
どちらかというと勉強よりも広い世界を知って自分がいかに小さな存在かを知った、
心を鍛えに行ったようなものだったと思っています。

7年後に帰国してからは、
全国で1000校以上を展開する大手学習塾チェーンの会社に就職しました。

熱意だけは一人前でしたから、
早速1つの教室を任されて教室長として働き始めました。

週6日毎日14時間働きました。

塾の仕事は午後からですが、
毎日午前3時過ぎまで教室に残っていました。
朝焼けに目を焼かれながら
それとは対称的な気持ちで帰宅することがしばしばありました。

一方で、上司からはなぜ指示したことを
完了していないのかと毎日のように叱責されました。

塾の仕事は全体的に細かくかつ数が多い傾向があるのですが、
とにかく慣れていないので1つひとつの業務に今の何倍も時間がかかりました。

加えて、経験が圧倒的に不足しているので要不要や優先順位の判断も甘く、
ミスも多いのでさらに仕事が増えていきます。

いくら残業しても仕事が終わらず、
少し早めに授業が終わることが多い土曜日などは
「もう限界だ」
と耐えかねて早く帰宅するので、
日曜日は夕方から深夜にかけて休日出勤して片付けをするのが恒例でした。

自分ならより良い教育が必ずできるはずだと
夢を持ってスタートしたキャリアでしたが、1年目の結果は惨敗。

先輩から引き継いだ教室をうまく運営できず、
頻発するトラブルに呆れて入会した生徒が
たったの1週間で辞めてしまったこともありました。

豊富な経験と授業への強いこだわりを持つ先輩方が
優しさ1割と厳しさ9割で指導してくださいましたが、
頻発するトラブルに四苦八苦しながら、
天地ほどの実力差を先輩との間に感じました。

特につらいと感じていたのは
開校時間中に食事ができないことです。

教室に来てから帰宅まで、飲み物だけで食事をとりません。

いや、休憩をとって食べればいいじゃないかと思われるでしょうが、
そんな時間も度胸もない。

しかして空腹を我慢するのもつらい。
いま思えばなんてことない問題で、
うまくやる人は生徒が来校する前にうまく何か口に入れているのだと
後になって知ったのですが、
1年目はそんな小さなことさえ難題でした。
(いま当塾の時間割に食事ができる休憩時間が設けられているのは
 そうした経験からです)

そうして生徒40名弱の教室を引き継いで1年後、
生徒が増えるどころかやや減っているのが見えたところで
経営側も仕切り直しが必要だと思ったのでしょう。

一旦教室長を辞めて本部に異動するように命じられました。
(なお上記の生徒数は2025年度に私が担当した薬円台校のおよそ半分の生徒数です)

そこに至るまでにすでに100回落ち込んだ後でしたが、
改めて

「自分に教育は務まらないのか」

と感じました。

しかし、そんな1年を通して、
私は生徒たちを思ったよりもずっと大事に感じるようになっていました。
ダメな教室長でしたが、

「やっぱり長島先生がよかった」

と後年まで言ってくれた生徒さんの存在は本当に有り難く、
何度思い出しても救われる思いがします。

そんな生徒のためなら飛んでいって、
できることは何でもしてやりたいと今でも思います。

<多くの教室を見て分かったこと>

そんなわけで2年目からは本部に戻されて、
教室のバックアップをする部署を立ち上げることになりました。

教室業務はさんざんでしたが、
私はちょっとしたプログラミングの資格を趣味で持っているくらい
パソコンを使った業務が得意だったことがこの人事の背景にあったと思います。


新しい部署で様々な教室に出入りして多くの経験を得ました。

私が教室に入るときはただ授業をする講師としてではなく、
教室長の代わりとして数日だったり毎週だったり教室にいることになります。

同じ看板を掲げていても、
何十何百という教室の中にはうまくいっている教室も
うまくいっていない教室も、様々な状況があります。

他の教室長がどのように教室運営を行っているのか、
マニュアルにはない事柄や、
こうしたら良い、
こうすると返って良くない、
といったことが、
今までのたくさんの失敗の経験の上に重なって、
一気に解決へと昇華されていきました。

これほど様々な教室で責任者として席に座ったことがある、
という塾経験者は私の他にはおそらくどこを探してもあまりいないでしょう。
本当に良い経験をさせていただきました。

当初1つひとつに大変な時間を要していた業務も、
そのスピードに驚かれるほどに早く対応できるようになりました。

学生などはよく「忙しいと業務が滞る」と考えますが、
それは仕事1つに対して熟慮する時間と必要がある人の考え方で、
実務ができる人はあらゆる対応が早いものです。

なぜなら、
早くカタを付けない仕事が無限に積み上がっていき
処理できないままになってしまうからです。

100点を目指すのではなく、
50点でいいから早く出さなければ仕事にはなりません。

同じ時期に入社した同期は3ヶ月後には半数が耐えられず辞めました。
1年後には片手で数えられるほどに減り、
3年後には県内に私の他には誰も残りませんでした。

「実力があるから任せる」
のではなく、

「大量の仕事と厳しさで責め立てて成長させる」
という今となっては少し古い考えが当時はありました。

私が最後まで残ったのは私が、
会社から与えられた仕事が割に合うとか合わないとか、
そういう考えに基づいておらず、

「教育に関することはすべて知りたいし身に付けたい」

という考えでいたからなのだと思います。
(ただ、それを自社の従業員に
 同じように当てはめてはならないことはよく理解しているつもりです)

入社から5年経った頃、
気付けば私は新教室の教室長を任されながらも、
社長の直下にいて運営する全校舎に指示を出す部長職に着いていました。

新教室は1年で30名を超え、
さらに半年後には50名を超えました。
他社運営教室の監査・アドバイザーとしての業務なども行うようになって、
大変な忙しさでしたが、
地域の方々から多くの生徒たちの指導をお任せいただけたことは望外の喜びでした。

いつもは大人しい生徒さんが、
飛び上がって喜んで合格した希望を叶えたと
報告してくれたときの嬉しそうな表情と声。
1度聞いたらもうこの仕事はやめられません。

実はその新教室は別の担当者が見つかるまでの仮教室長として
当初は任されたのですが、
2年,3年と生徒数が70名に迫る中で、そんな話は消えていきました。

もちろん失敗がゼロにはなったわけではありませんでしたが、
どうすればもっと生徒全員の目標を叶えてやれる塾ができるのか、
考えを巡らし試行錯誤を続けるうちに、

教室内や指導の面でも、
それを取り巻く会社環境についても、見えてきたことがたくさんありました。

<教育業界にある構造的な問題>

1000教室以上を展開する大手学習塾は、
運営から学習システムまでがすでに完成していると思われるかもしれませんが、

実際にはむしろ逆で、
業務効率や組織運営の効率はかなり悪いのが実状です。

例えば、新しく出店するときは
それを専門にする部署があるので効率的に出店を行いますが、

教室運営に関しては1000教室で
決して揃わない足並みを揃えようとするのに
時間をかけているようなところがあります。

5人の講師たちで行う個別指導は、
50人で担当すれば授業品質が10倍になるのかといえば、
そんなことはないわけです。

集まる生徒たちはもちろん、
地域や学校はよく似ているようで、やはり少しずつ異なるために
異なった対応が必要になるのですが、
運営会社が個々の教室の軽快な動きを妨げていることがあります。

大きな組織であれば、
大きな組織なりの不具合や改善できる点が山ほどあります。

また会社が大きくなると
不具合に気付いても容易に変更ができない事柄が多く出てきますが、
小さな会社では今日思い立てば明日からでも改革を実行できます。

特に塾は、指導環境・授業の質ともに経営規模ではなく、
教室長の器量と優れた塾システムの有無で成否が決まります。

教室長の力量を十全に引き出す環境を整えた当塾
「エルクレードル」であれば、中小規模でも
生徒と従業員の双方のためになる教育により近づけるとの確信を得ていきました。

塾は会社で、会社とは一般的に利益を追求するための組織です。

だからどうしても「より多くの利益を求める」傾向が出てきてしまいます。

上司が何のためにいるのか、
というと
「それは部下の売上を伸ばすため」
となってしまうわけです。

その結果として、
生徒の状況や希望と乖離しているのに

「もっと授業を取らせるべき」
「100点取れるまではやらせることがある」

と、いつの間にか生徒保護者の気持ちが
無視されていくことがままあります。

ご説明した上で希望されて適切に授業して差し上げることには問題ありません。

しかし、売上のために希望されない授業まで
押し売りしなければ存続できない会社なら長く続かない方がいいだろう
と私は思います。

ご家庭と教室長の関係の中に第三者の上司が営業的な指示を出すと、

「え?なぜ先生は急にそんなことを?」

というような言動に繋がります。
これは現場としてもつらいものがありますし、
教室がご家庭からの信頼を失う原因になってしまうこともあります。

また、そうした上司が「仕事をするために」
各教室から仕事の報告を常に求め続けることもずいぶん問題に感じました。

社会人になれば多くの方が経験することだと思いますが、
とにかく進捗の報告や指示を受けるための時間が長い。

多少の必要はもちろん認めますが、
教育の仕事はすべてが対人の仕事ですから、
どれだけ報告を受けても快刀乱麻を断つような解決策は
なかなか上司にも出せません。

ならば、部下を信じて上司に付き合わせる時間を
彼らに与えてしまった方が得策と言えるでしょう。

もちろん、これは上司にとってはとても勇気の要ることですが。

<だからエルクレードルをつくりました>

他にも問題点は書き切れないほどですが、
それらの問題の多くは解決可能なことにも思えました。
そうした改善策のすべてを創業計画に込めました。

当塾は経営理念と基本原則に以下の3つを掲げています。

<経営理念>

全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に
教育を通じて人類の幸福に貢献すること

塾にとって生徒は第一です。
しかし、そのために従業員が身を捧げ犠牲にまですると、そんな無理は続かない。
誰のためにもならなくなってしまいます。
よって当社は全従業員の幸福と同時に、
教育を通じた人類への貢献を会社が存在する目的に掲げることにしました。

<この理念が意味すること(保護者の方へ)>

この理念が意味することは当塾が

 ①無理な受講提案はしない
 ②しかし必要なことは正直にご提案する
 ③生徒の状況を最優先に考える

といった事柄を約束しているものであり、
安心してお子さまをお預けいただける塾であることを
何より大切にしているということです。

<組織運営の基本原則>

①「会社のための仕事」を最小化する
②ノルマ・売上目標を設けない
③経営情報を透明化する

<この基本原則が意味すること(従業員の方へ)>

①「会社のための仕事」を最小化する

当社では、売上進捗の報告や承認のための作業といった
「会社のための仕事」を可能な限り削減します。

その目的は、従業員が生徒のために使う時間を最大化することです。

そのために、会社は現場を信頼し各教室に大きな裁量を委ねます。

また、グッズ配布や電話勧誘など「やらないこと」を明確に定めることで、
本質的な業務に集中できる環境を整えます。

②ノルマ・売上目標を設けない

当社では、生徒一人ひとりの必要性に基づいた学習提案を大事にします。

そのため、売上のみを目的とした指示や営業行動は認めていません。
(むしろ、必要性を感じない受講希望はお断りさせていただきます)

事業の継続において売上が重要であることは事実です。
しかし、教育の質を損なう形での売上追求は、本来の目的に反します。

また、過度な売上目標や長時間労働は、
授業の質の低下を招き、結果として生徒の利益を損なう可能性があります。

当社は、持続可能な働き方のもとで質の高い教育を提供することを重視し、
その結果としての生徒の学力と会社の業績向上を目指します。

経営情報の透明化

当社では、従業員が納得して働ける環境を実現するため、
経営情報を広く開示しています。

具体的には、
会社の財務状況や各教室の収支などを共有し、
特に正社員は皆が確認できる体制を整えています。

また、賞与の配分についても、
従業員同士の合意をもとに計算式を決定しています。

組織の透明性を高め、
全員が主体的に経営に関わることで、
より良い教育サービスの提供につなげます。

こうした考えのもとに当社は、
生徒・保護者・従業員の三者にとって無理のない
誠実な教育をこれからも続けてまいります。